【第6話】同級生が雑誌に
美容院に来たのは急な思い付きだったので、みのりは雑誌を読んで自分の順番を待った。手にとったのは働く女性向けの「レディの☆(ほし)」で、最近注目の女性社長や、女性向けのヒット商品を開発した女性担当者の特集が載っていた。
世の中にはずいぶんエネルギーにあふれた人がいるもんだなぁ。同じ女性としてうらやましいけど、自分が同じような生き方ができるかといえば全く自信がない。
ページをめくっていた手がふと止まり、目が釘付けになった。
奈津だ!
「センスのよいタイルの製造・販売で若い女性や夫婦を中心に人気を集めている女性社長」ということで、高校時代の同級生、奈津が紹介されていた。
記事によれば、奈津のタイルは、自分の工房で焼いたオリジナルの柄が特に人気のようだ。当初はフリーマーケットなどで販売していたが、口コミで人気が広がり、いまではネット通販で、全国から注文が入るようになっているらしい。
ホームページやSNSには素敵な組み合わせのモデル(どうやら奈津の工房の中みたい)が載っていて、どうしたらうまく取り入れられるかという提案もしている。
素敵、とみのりも思う。
成功の理由を問われた奈津は、「正直、自分でもよくわかりません。どうすれば、タイルをよりよく焼けるか試行錯誤してきただけです。非常に地味で忍耐力が必要な作業なので、途中で辞めたくなることもあったのですが、お客さまがとても気に入ったと言ってくださるのが励みになっています。最近では、SNSなどを通じてお客さまから頂戴したアイデアを参考に、新しいデザインのタイルを制作したりしています。」とコメントしている。
そこへ、いつもみのりのヘアを担当してくれるかっちゃんが来た。
かっちゃん:あ、この会社知ってます。このタイル欲しくて、よくネットで見てるんです。
みのり:本当?実はこの社長、私の高校の同級生なの。
かっちゃん:えええっ!?、そうだったんですか。こんなに若い方だったんだ。
みのり:もう何年も会ってないから、びっくりしちゃった。でも、タイルなんて買って、お風呂のリフォームでもするの?
かっちゃん:このタイル、今、DIY好きの人に人気なんですよ。
みのり:DIYってあの、日曜大工みたいな……、自分で家のリフォームとかしちゃうんだよね。へえ。
かっちゃん:水周りだけじゃなくて、家具に張り付けたり飾ったりもするんです。お部屋の雰囲気が全くかわりますよ。
みのり:へえ~。
かっちゃん:素敵だけど、一枚一枚それなりのお値段するんですよねえ。
みのり:へえ~。
かっちゃん:やっぱり若くして社長になるような人って、高校の時からちょっと違うんですかね。
みのり:いや~、どっちかっていうと奈津はおとなしいタイプで、まさか社長になるなんて想像できなかったな。美大目指してたから、いつも絵を描いてたけど。
奈津は、もともと「模様」に興味があって、学生時代の旅行でスペインに行ってから装飾タイルに魅せられたそうだ。自宅の庭にしつらえた小さな窯でひたすらタイルを作り続けてきたらしい。タイルは組み合わせでモザイクにもなるし、無地と組み合わせてワンポイントに使えば、おしゃれで落ち着いた空間にすることもできる。
ひたすらタイル作ってきたのか……コツコツと。奈津らしいといえば奈津らしい。
別に競争していたわけではないが、奈津に物凄い差をつけられたような気がする。あんな有名な雑誌の特集に掲載してもらうなんて本当にすごい。奈津に比べて、自分はいったい何をしているんだろう。やり方がまずいのだろうか。
そういえば、この間高校の同窓会の連絡来てたな。奈津も来るのかな。
「今は奈津に会いたくないな」と思いながら、みのりは帰路についた。
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翌朝、髪を切って気分一新したみのりはいつもより早く出社した。あまりに天気がよかったので、荷物を自席に置いたあと、ビルの屋上に出てみた。今日は富士山がはっきりと見える。富士山が見えると、それだけで今日はラッキーな気がする。深呼吸した。
「おや、秋山君。おはよう。一日で、ずいぶん、雰囲気かわったな。」
屋上にいるのは自分ひとりのつもりで、思い切り伸びをしていたみのりは、ハっとして振り返った。
吉川社長が箒を持って立っていた。
「社長、お掃除ですか?」
「うん」
「掃除なら私が」
「これは僕の趣味だから。だいたい、管理会社から来ている人が、毎日ちゃんと掃除してくれているしね」
社長は考え事があるとき、こうして無心に手を動かすのが性にあっているのだそうだ。考え事とは、会社の経営のことだろうか。全く売れなかった電子書籍をどうするかってことだろうか。
昨日の会議で、電子書籍プロジェクトの失敗がみのりと野中にあるような形になってしまったことを、社長は詫びた。そして、そもそも、このプロジェクトになぜみのりを抜擢したかについて、話し始めた。
「秋山君は、私が、この会社に社長としてやってきて、初めて新卒で採用した社員なんだよ」
「へえ、そうだったんですか。でも、確かに私以来、新入社員は入ってないですよね。相変わらず、私が一番下っ端です。」
「ははは、すまんすまん。なかなか、新卒を採用する余裕がなくてね。」
「ええ。」
「秋山君を面接したときのことはよく覚えているよ。自己アピールなどは、あまり印象に残らず、むしろ他の応募者よりも悪いくらいだった。」
「すみません……」
「だけど、どうして本が好きなのか聞いたら、本はその場で時間と空間を超えるから好きだと答えてくれた。他の応募者とは全然違って、本当に本が好きなんだなということが、強烈に伝わってきたんだ。」
「そうでしたか……」
「それから、旅の本について視点をどんどん変えて語り出して、すごい妄想力があると思った。そのときに、この人は、なにか大きなことをやり遂げてくれそうな気がして採用したんだ。」
「そうだったんですね……」
「せっかく入社してくれたのに、なかなかその個性を発揮してもらう場を提供できなくてね。それで、今回、全く新しいことをやる機会があったから、ぜひと思ってお願いしたんだ。」
「そういうわけだったんですね。ご配慮ありがとうございます。」
「残念ながら、第一弾はいい結果が出なかったが、我が社として電子書籍事業の可能性を捨てたわけでは全くない。秋山君もわかってるだろうが、うちのような小規模出版社の経営環境は本当に厳しくて、このまま何もせずにいてはジリ貧になるだけだ。だから、どうしてもこのプロジェクトは成功させたいし、そのために秋山君の力が必要なんだ。」
みのりは、転職活動に本腰を入れようと思っているさなかだったので、少々困惑しつつも、社長からもらった言葉は素直にうれしくもあった。このプロジェクトだけは終わらせてから転職しようかな……
そのとき、急に後ろから、聞き慣れない声がした。
「へえ、このビル屋上に出られるんだ。気持ちいいなあ。すいません、屋上のドアが開いていたので、つい来てしまいました」
パリッとスーツを着こなした男性がにこやかに立っていた。みのりは、こんなに機嫌のいい人を職場で見たことがないと思った。
つづく
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ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社