経営小説「わたしの道の歩き方」

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経営小説「わたしの道の歩き方」

published 2023.06.14 / update 2023.06.14

【第7話】経営コンサルタント立花登場

経営コンサルタント立花登場

スーツ姿の男性は、社長とみのりに名刺を渡した。

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中小企業の戦略実行にとことんつきあう経営コンサルタント
   立花 春樹
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「経営コンサルタントの方ですか。ここは、経営コンサルタントの方がいらっしゃるようなビルではないように思いますが。」と吉川社長は、やや皮肉っぽく言った。

立花:実は、先週、このビルの4Fに入居したばかりなんです。

社長:そうでしたか。はじめまして。3Fに入っている「超時空社」という出版社の吉川と申します。

みのり:同じく超時空社の秋山です。このビル、今日みたいに晴れていると富士山が見えることもあるんですよ、ほら、あれです。

みのりの指差す先に、全体像ではないにしろ、はっきりとした富士山が見えていた。

立花:おおお、あれ富士山なんですね。そうか、それで富士見ビルですか。

社長:実は私の親父がこのビルで会社を立ち上げようと決めたのも、富士山が見えるからだったみたいです。ビルやマンションで隠れて、ずいぶんいびつな富士山ですけどね。それでも、静岡出身の親父には、うれしかったんでしょうね。

立花:なんとなく、わかる気がします。私は静岡出身ではありませんが、富士山が見えるとなぜだかラッキーな気がしますよね。むしろ、首都圏に住んでいる人のほうが、富士山が見えることに対する喜びが大きいように思います。なかなか見えないですから。

みのり:わたしもです!

みのりは、社長の言葉が効いたのか、昨日のことをもう忘れたのか、少し元気になったようだ。

立花:このビルは、少々年季が入っているようですが、手すりとかタイルとかに独特のこだわりがあって、最近のビルにはない素敵なデザインですよね。

みのり:私もそれは結構気に入ってます。

立花:ビルは古いけど、トイレはきれいですし。

みのり:昨年、水周りのリフォームをしたばかりなんですよ。

実は去年までトイレが和式だった。いまどき考えられない!とみのりはいつも言っていたものだ。

立花:へえ、じゃあやっぱり私はラッキーですね。

みのり:絶対そうですよ。

みのりが立花の相手をしている間、吉川社長は、立花からもらった名刺を、じっと見つめていた。

「中小企業の戦略実行にとことんつきあう」という表現が気に入ったのかな、と思いながら、みのりは階段を降りて、オフィスに戻っていった。

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ぎゃはははは!!!!!!!!

屋上からオフィスに戻ると、みんなの盛大な笑い声がした。思いのほか屋上に長居してしまったようで、始業時刻を回ってしまっている。

「どうかしたんですか?」

笑い声の中心で、みのりのスマホがアンパンマンの主題歌を歌っている。

「きゃー!!!!」

みのりはあわててスマホを取ると、給湯室に逃げた。

アンパンマンが鳴ったってことは、転職活動関係の電話だ。すぐに応答したいので着信音を区別しているのだ。

「はいっ、お待たせしました、秋山です。……そうですか、わかりました。残念です。また、よろしくお願いします」

またダメだった。これで8社目だ。最近では、断られるのが当たり前という気になってきている。

自分の机に戻ると、編集長がちらりとこちらを見た。たぶん。目が細いから、イマイチ表情がわからない。

パリッとスーツを着こなした男性がにこやかに立っていた。みのりは、こんなに機嫌のいい人を職場で見たことがないと思った。

編集長:おい、なにをふくれてるんだ?顔がアンパンマンみたいだぞ。

みのり:顔が丸いのは生まれつきです」とみのりの顔は更にふくれる。

編集長:アンパンマンの歌詞って、いいな。

みのり:編集長!

みのりがキレそうになると、ふふふ、と笑い声がした。

みのり:わ、笹原さんが笑ってる。

笹原:あら、私が笑うのが珍しい?

笹原:私もアンパンマンの歌、好きよ。子供に毎日歌わされるんだけど、だんだん頑張ろうって気になるのよね」

みのり:そうなんです!

へえ、笹原さん、そうなんだ。「話しかけないで」オーラの人が、毎日アンパンマン歌ってるなんてちょっと意外だった。

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その日の夕方になって、外回りから戻った久保が、みのりと野中のところにやってきた。みのりが好きな有名パティシエのケーキの差し入れつきだ。

「秋山、野中さん、その、なんて言うか、昨日は……。昨日は、ちょっと言いすぎて申し訳なかった。」

「えっ、謝るなんて久保さんらしくないじゃないですか。」

「いや、まあ、電子書籍を作るのも、そう簡単なものではないしな。」

「急にどうしたんですか?電子書籍を作るのは結構大変だって、同業他社から聞いたんですか?」

「ちっ、相変わらず、勘だけはすごいな。まあ、会社の状況も厳しいしな、お互い協力してやっていきましょう。」

「あっ、こちらこそお願いします」と野中は頭を下げている。

「はやくケーキくださいよ。」

みのりは、休憩スペースで、複雑な味が何層にも重なっているケーキを食べながら考えていた。

今日は、不採用通知を受けたけど、富士山も見えたし、社長にもほめられた。新しい隣人もよさそうな人だし、笹原さんの意外な一面も見られてよかった。久保さんも、腹が立つときはあるけれど、悪い人ではないんだよね。いつも、つまらない、つまらないと思っていたけれど、別に悪い職場でもない。転職先が見つかるまで、おとなしく仕事してるしかないかな……

突然、外線電話がなり、たまたま休憩スペースにいた社長に、笹原さんが電話を取り次いだ。

電話に出た社長の顔色が変わった。

「Z出版が廃業することになった……」

みのりは、目を丸くして、しかし、残りのケーキはしっかりと食べ終わってから声をあげた。

「えええええ、本当ですかあああっ???」

つづく

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 ユアスト 江村さん

ユアスト 江村さん

第1話は下記より御覧ください。

【第1話】超時空社