人事評価制度でやってはいけないこと
当社の提唱する「中小企業向け シンプルな評価制度」の作成手順は、次のとおりです。
- 売上ではない、会社の戦略として全社一丸となって追い求める「戦略指標」を探す
- 会社全体の戦略指標値を改善するために各部門が貢献できる「先行指標」を探す
- 「戦略指標」・「先行指標」の値を改善させるべく日常業務を行う
- 「戦略指標」・「先行指標」の値をどれくらい改善したかで評価する
「中小企業向け シンプルな人事評価制度」の概要
ただし、これは多くの日本企業で用いられている「一般的な」人事評価制度とは、やや趣を異にするものに見えるかもしれません。
ここでは、日本企業の人事評価制度でよく見受けられるシーンのうち、「やってはいけない」と当社が考えるものをご紹介します。
やってはいけないこと1 多すぎる目標設定
やってはいけないことの一つ目は、多すぎる目標設定です。
戦略をつくったり、目標をたてるときには、あれもこれもやりたいという気持ちは多くの人が持つと思います。意欲のある人ほど、そういう気持ちが強いかもしれません。しかし、通常、目標としては、これまでの惰性で簡単に達成できるものではなく、これまでプラスαの努力や行動が必要なものが選ばれることが多いと思います。これまでの仕事にプラスαするものが10個以上もあったら、とうていやりきれないほうが普通だと思います。
これは、ある会社の人事評価制度の評価項目です。
さらに、MBO(※)ということで、各自が5~6個程度のオリジナルの目標を設定して、その達成度合いで評価するケースもよく見られます。
※Management by Objectives:「目標管理」と訳されることが多いが、本来の意味は「目標による管理」
こうなってしまうと、自分の達成すべき目標がそもそもなんだったか、覚えることさえ難しくなってくるでしょう。覚えてもいないことですので、その目標に向かって何か行動をするということもないでしょう。そして、期末の評価時点になって、「これはできなかったなあ」ということになってしまいます。
これに対して、当社が提唱する「中小企業向け シンプルな評価制度」では、目指すべき目標は、戦略指標値と先行指標値の改善です。
複数の戦略指標、先行指標が設定されることも全くないわけではありませんが、基本的には、戦略指標1つ、先行指標1つの計2つが関心事です。
これであれば、普通にまじめに働いている人であれば、覚えていて、日常業務の中で、指標値改善のために努力をする(少なくとも、努力しようとする)ことは可能だと思います。
もちろん、目標を2つなりに絞ることで、こぼれおちてしまう項目もあるかもしれません。例えば、「戦略指標値と先行指標値の改善には熱心だけれども協調性に欠ける人が現れるのではないか」といった心配もあるかもしれません。ただし、会社全体の戦略指標値や、部門の先行指標値を改善するためには、多かれ少なかれ協調性は必要な場合が多いでしょう。一方、いくら協調性は高くても、肝心の戦略指標値・先行指標値を全然改善しない人を評価してもしょうがないと思います。
ユアスト 江村さん
これらを踏まえて、「中小企業向け シンプルな評価制度」では、「目標の数は最小限に絞り、それ以外は思い切って捨てる」という考え方を採用しています。
ただし、どうしても捨てきれない項目がある場合は、やってはいけないことのリスト(NGリスト)を作成しておく方法が有力です。詳しくは以下の記事をご覧ください。
評価項目は思い切って最小限に抑えよう ~最小限の評価項目+NGリストでコスパのよい人事評価制度を作ろう~
やってはいけないこと2 評価者研修
やってはいけないことの二つ目は、評価者研修です。
人事評価制度に関する書籍やWEB上の記事では、
・中心化傾向:当たり障りのない無難な評価をしてしまう
・寛大化傾向:部下の目を気にするあまり、甘い評価をしてしまう
・ハロー効果:目立つ特徴に引っ張られて評価してしまう
などが起こらないように、評価者研修をしっかり行って、公正な制度運用を行うべきだといった主張が見られます。
とはいえ、評価項目が多い一般的な人事評価制度においては、仮に評価者研修を行ったとしても、公正な評価を行うことは、現実的には不可能ではないかと当社では考えています。
朝から晩まで、評価対象者(部下など)につきっきりで行動をモニタリングしていれば、非常に細かい評価をすることができるかもしれませんが、それではモニタリング・評価することだけが上司の仕事になってしまい、本来上司が行うべき業務はストップしてしまうでしょう。
そもそも、評価者を入念に研修しないと、まともに運用できない制度としたら、その制度のほうに改善の余地があるのではないかと思います。
当社が提唱する「中小企業向け シンプルな評価制度」においては、各自が戦略指標値と先行指標値の改善にどれだけ貢献したかで評価が行われます。
戦略指標値と先行指標値は数値化されているので、基本的に誰が見ても評価結果は同じになります。ですので、いわゆる評価者研修は不要です。
もちろん、評価結果が客観的に出るからといって、評価者(上司)が何もしなくてよいわけではありません。上司には、部下がよい評価になるように、つまり、戦略指標と先行指標の値を改善できるように、日常的にフォロー・サポートすることが求められます。日常的なフォロー・サポートを行うためには、スキルやテクニックも必要でしょう。経験が浅い部下が、難易度の高い仕事に取り組んでいるのであれば、毎日、進捗状況を確認して、適宜、軌道修正する場合もあるでしょう。経験豊富な部下であれば、細かく口をはさむよりは、部下に裁量を与えたほうがよい結果になるかもしれません。
このような上司の仕事は、つまり「マネジメント」ということです。
ユアスト 江村さん
上司は、評価者研修に時間を費やすよりも、マネジメントスキルそのものの向上に時間を割くべきだと思います。
やってはいけないこと3 評価調整会議と上位決裁者によるひっくり返し
一般的な人事評価制度では、まず、評価される本人が自己評価し、次に直属の上司が1次評価を行い(場合によっては1次、2次評価あり)、最終的に決裁者が、評価調整会議を経て最終評価をするといったプロセスが見受けられます。中小企業の場合、各部門担当の役員と社長が評価調整会議を行い、最終決裁者は社長であることも多いでしょう。
しかし、社長が、すべての社員の働きぶりをきちんと見られているのでしょうか。それこそ、ハロー効果によって、社長によく挨拶する人や、たまたま社長の目に留まった人が評価されるようなことになりかねません。役員も、担当部門以外のスタッフの働きぶりなど、わかるはずもないでしょう。
そして、直属の上司の評価を、社長をはじめ上位決裁者がひっくり返す(上司の評価を下げる)ことは、非常に大きな危険が伴います。
まず、評価される部下は、「比較的(社長などと比べて)自分のことをよく見てくれている上司は評価をしてくれているのに、なぜ、遠い存在である社長に評価を下げられなくてはならないんだ」と不満に感じるでしょう。加えて、いったん高評価した上司も面目丸つぶれです。部下は「上司には社長を説得する力がないんだ。頼れないし、この上司の言うことを聞いても、しょうがないんじゃないか。」などと思うかもしれません。
また、実際の貢献に関わらず、社長の一存で評価結果が決まってしまうのであれば、業務でがんばるよりも「社長に取り入ろう」という人が出てきてもおかしくありません。
このように、上司によるひっくり返しは百害あって一利なしだと思います。そんなことをするくらいなら、初めから、人事評価は社長の一存で決めるとしてしまったほうがまだましでしょう。
当社が提唱する「中小企業向け シンプルな評価制度」においては、評価結果は、戦略指標値と先行指標値として数値化されているので、評価調整会議は不要です。というより、客観的に出ているはずの評価結果を、評価調整会議で調整しては、制度が崩壊します。
それよりも、社長なり上位決裁者が注力すべきなのは、評価項目である戦略指標、先行指標の選定段階です。
「中小企業向け シンプルな評価制度」では戦略指標は経営層が設定し、先行指標は各部門が設定することを想定しています。そのため、戦略指標の設定にあたっては、当然、経営層が主体的な役割を果たします。一方、先行指標は、各部門が候補指標を探しますが、経営層には拒否権があります。
例えば、営業部門が提示してきた先行指標案を吟味し、会社全体の戦略指標との関連性が薄いとか、かえって戦略指標の改善の足かせになるといった場合には、経営層は営業部門に見直しを指示することになります。
また、営業部門の先行指標案と、商品開発部門の先行指標案が、ともに会社全体の戦略指標に沿ったものだったとしても、貢献度合いに差があるとしたら、そこは経営層の中でしっかりと議論を行い、部門間の不公平さを極力排除すべきです。
そのようなテーマに関する会議であれば、ぜひ、社長や役員でするべきですし、社長や役員でなくてはできないことだと思います。
ユアスト 江村さん
つまり、社長なり経営層が口を出すとしたら、期初の指標選定の段階であって、間違っても期末にグダグダ言ってはいけないということになります。
ここまで、人事評価制度でやってはいけないことについて整理してきました。ここに挙げた、いずれかを実施しているとしたら、その人事評価制度は機能不全に陥っているかもしれません。人事評価制度はあるが、なかなかうまく運用できていないというお悩みをお持ちの方は、一度、チェックされてはいかがでしょうか。
まとめ
- 人事評価制度でやってはいけないことは、次のとおり。
①多すぎる目標設定 ⇒ 目標が多すぎるとそもそも覚えることもままならない。目標の数は最小限に絞り、それ以外は思い切って捨てよう。
②評価者研修 ⇒ 評価者を入念に研修しないと、まともに運用できない制度としたら、その制度のほうに改善の余地がある。評価者研修よりも、マネジメントスキルそのものの向上に時間を割こう。
③評価調整会議と上位決裁者によるひっくり返し ⇒ そんなことをするくらいなら、最初から人事評価制度など作らないほうがよい。上位決裁者が口を出すのは期初の指標選定段階であり、期末には黙っていよう。