【第4話】電子書籍ってどうやってつくるの
みのりが電子書籍端末を使って試しにダウンロードしたマンガに夢中になっていると、久保の大きな声が、頭の上から降ってきた。
久保:秋山、なに遊んでるんだ!
みのり:遊んでいるんじゃありませんてば。
といいながら、みのりは昔好きだったマンガが電子化されているのを知って興奮していた。紙の本が大好きなみのりは、ページをめくる感じに違和感があるのではないかと思っていたが、読書端末は片手でページをめくれるのが意外と気にいった。
野中もいろんな電子書籍のタブレット端末をいじって、目を輝かせている。久保はニヤリとして、野中に言った。
久保:楽しそうですね。
野中:あ、わかります?家電に触ってると落ち着くんですよねぇ。
みのり:もう、野中さんまで!電子書籍作れって言われても、実は使ったことなかったから、いろいろ試しに見ているんですよ。
久保:まあ、しっかり仕事してくれよ。こっちは家電で遊んでる暇などないんでね。編集部が新刊をどんどん出さないから、こっちは売るのが大変なんだよ・・・
野中は、久保が言うことなど聞こえてないように、端末を触っている。
久保:しょうがねえなあ・・・ おい秋山、明日は、池袋のS書店の棚卸に行くぞ!
みのり:えええ、それ、木村編集長は知ってますか?
久保:今月はシーズンだから、営業部のサポートに秋山をちょこちょこ借りたいってお願いしてある
みのり:そうですか……
久保:不満か?
みのり:そんなこと言ってません
久保:なあ、電子書籍って売れるのか?
みのり:わかりません。でも、売れないと困りますよね。
久保:俺は売れても困る。電子書籍は書店営業必要ないだろ。俺の仕事がなくなる。 じゃ、明日な。
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久保が立ち去ったあと、野中がボソっとこぼした。
「歓迎されてないよね、電子書籍。」
「あっ、野中さん聞いていたんですね。でも、やっぱりそう思いますよね。いきなり、電子書籍作れって言われて、これまでの仕事も減るわけでもなく、社内からは歓迎されず、なんで私ってこんな貧乏クジばかりなんですかねえ。」
みのりと野中が電子書籍プロジェクトのメンバーに任命されてから一週間。プロジェクトとは名ばかりで、2人はこれまでの仕事をしながら、やっと時間を見つけて調査に着手したところだ。プロジェクトリーダーは編集長だが、紙の新刊の最終チェックで忙しいのか、当初一回打合せをしたきりで、ほとんどかまってくれない。それに、雑用もこれまで以上に増えたような気がする。野中は誰かのパソコンの調子が悪いと何度も呼び出され、みのりは書店周りの同行や資料作成を依頼される。久保をはじめとする営業部は、どうも意図的に電子書籍プロジェクトの邪魔をしているようだ。
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翌週、野中とみのりは、電子書籍に関していろいろ教えてもらうために、社長が懇意にしているZ出版社を訪れた。
Z出版社は超時空社よりもさらに小さな会社だが、数年前から電子書籍を手掛けており、担当者の岡本は電子書籍に精通していた。
岡本は、
・日本における電子書籍の売上の多くはコミックであり、テキストベースの書籍の普及率は低いこと
・電子書籍の形式としては、単純に紙の書籍を画像化(PDFやJPEGといったフォーマット)したものもあれば、表示画面の大きさや設定に応じて文字の大きさや構成を再構築(リフローという)できるものもあること
・小さな端末では、PDF化したものをスムーズに読むのが難しいため、リフロー型のほうが望ましい。リフロー型にするためには、原稿のテキストデータを、適切なフォーマット(EPUB、.book、XMDFなど)に変換する必要があること
など、忙しいはずなのに、時間をとって、懇切丁寧に教えてくれた。Z出版社は、電話がなることも少なく、静かで落ち着いた職場に思えた。後で思えば、それがちょっとおかしいことだったのだ。
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野中とともにオフィスに戻った瞬間、みのりのスマホからアンパンマンの主題歌が流れた。
「はい、秋山です。」
みのりは、くるっとターンして給湯室に向かい電話に出た。
「はい」
「そうですか」
「承知いたしました」
「ご連絡ありがとうございます」
またダメだった。転職活動を始めて、これで3社目だ。どうしても転職したいというほどの会社ではなかったけど、やっぱり断られるのって落ち込む。何回も「残念ですが……」と言われるうちに、自分がすごく「残念な人」のように思えてくる。
うつむき加減で自席に戻ったみのりに対して、派遣社員の笹原さんが声をかけた。
「秋山さん、お帰りなさい。久保さんから依頼された資料、作成しておきました。」
「あっ、ありがとうございます。」
「それから、電子書籍に使うかもしれない書籍のDTPデータも集めておきました。何冊かは、古くて、データが見つかりませんでしたが。」
「えっ、もう終わったんですか?笹原さん、相変わらず、仕事がはやいですね。」
笹原さんは、編集部で働く派遣社員だ。いつもすごい集中力でパソコンに向かっていて、「話しかけないで」オーラが出ている。パソコンに強く、文字入力するとき速すぎて指の動きが見えないという噂がある。
「秋山さん、すみません。子供のお迎えがあるので、これで失礼します。」
「あっ、お疲れさまでした。ありがとうございます!」
笹原さんは、行動にまったく迷いがないなあ……
足早に退社する笹原さんを眺めながら、迷走してばかりの自分を振り返り、ため息をついた。
「おい、秋山!資料できたのか?」
久保の大きな声がする。
「はいはい、今、送りますよ」 いつの間に資料を作ってくれていた笹原さんに感謝しつつ、みのりは残業に戻っていった。
つづく
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ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社