【第13話】それは強み?弱み?
社長が基本方針を打ち出してから三日後に、新たに発足した電子書籍部では、電子書籍に関する戦略を策定するための会議が開催されることになった。
同部は、緊急事態につき社長がトップを兼任、野中・みのり・笹原さん。営業からも専任を出したかったのだが、どうしても難しく久保がサポートで入ることになった。ただし、久保の従来の業務は2割減として、それは営業部内でカバーすることとなった。久保は当初「おれが?」と驚いていたが、みのりに頭を下げられて、悪い気はしていないようだ。また、アドバイザーとして、鈴木営業部長と木村編集長が入ることになった。
野中とみのりは、超時空社も廃業する羽目になるんじゃないかという危機感もあり、会社をなんとかしたいと思い、頑張って3C分析を続けていたが、会議の前日になっても、納得できる戦略案を見出せずにいた。
みのりは依然として転職活動中だが、この会社に愛着がないわけではなかったことを認識して、少し驚いてもいた。
みのり:単に「顧客」と考えるのではなく、「顧客に提供する価値」を考えろって言われましたけど、なんだか抽象的で難しいですね。
野中:立花さんは、「顧客は誰、競合は誰、自社の強みは何」って一通り考えるだけじゃなくて、何度も粘り強く考えなさいとも言ってたよね。
みのり:そうですね。低価格は強みにならないってことでしたよね。低価格を実現する独自のリソースが必要ってことか……
野中:うちの会社の独自のリソースってなんなんだろうね。私の前職のメーカーだと、特許があったり、最新鋭機械を備えた工場があったりで、リソースをイメージしやすかったんだけど……。
みのり:そうですね。うちには特許も機械もないですねえ。
野中:弱みだったらたくさん思いつくんだけどねえ。絶版になってしまった本が多いとか、編集の下請けみたいな仕事ばかり増えてるとか。
みのり:前回、立花さんと話したときにはなんとなくわかったような気がしたんですけど、いざやってみるとわかってないですねえ……
私、やっぱりもう一度、立花さんのところに行ってみようかな……。
野中:えっ、ご迷惑なんじゃないか?
みのり:いつでもコーヒー飲みに来てくださいって言ってくれたし。
野中:確かにあのときはお酒も入ってたけどねぇ。
って、おいおい。もう行っちゃったよ。
あの行動力はすごいなあ・・・
野中:あまり、ご迷惑をおかけしないようにね!
みのりの耳に野中の声は届いていなかった。しかし、エレベーターを待つ間に頭の冷えたみのりは、いったん富士見ビルを出て、近所の老舗洋菓子店で差し入れのシュークリームを買ってから立花の事務所を覗いてみることにした。
みのり:こんにちは!
立花:秋山さん。これはこれは。
みのり:あの、これ差し入れです。
立花:ありがとうございます。ちょうど休憩しようかと思っていたんです。
みのり:きれいなオフィスですね。下の階とはずいぶん違います。
立花:うん、いまはなんでもパソコンに入っているから、書類はあんまりないですしね。そういえば、3Cはうまくいきましたか?
みのり:それが……。なかなか、強みを見つけることができないんです。弱みはたくさんあるんですが。
立花:そうですか。ちなみに、弱みというのはどういった点ですか?
みのり:たとえば、最近は文学的な作品をあまり出版できていなくて、自社の企画じゃなくて下請けみたいな仕事が増えてるとか、むかし作った本の多くは絶版になってしまっているとか……
立花:タウン誌を手がけているのであれば、その地域に詳しくなったりしていませんか?
みのり:そりゃまあそうですけど、スマホで検索すればいくらでも調べられることですよね。多少、地域のお祭りとか、歴史に関係あることとかは、誌面に盛り込んだりしますけれど。
立花:なるほど。絶版になってしまった書籍は、人気がなかったのですか?
みのり:いえ、それが、復刊してほしいというご要望は、お客様からいただくんですよ。ただし、なかなか部数が出ないので、復刊は難しいというのが、たいていのケースの結末です。うちの本を好きになってくれるお客様のご期待に応えられないのも、なんだかストレスがたまりますね。
立花:ということであれば、絶版の本が多いことは必ずしも弱みとは言い切れません。良質なコンテンツを持っているという強みとも言えるかもしれませんよ。
みのり:そんなものですか?
立花:強みを考える際には、あまり、「強み・弱み」と意識しすぎないほうがいいんです。戦略やマーケティングの分野で非常に有名なフレームワークにSWOT分析というのがあります。自社を取り巻く環境の、機会(O:Opportunity)と脅威(T:Threat)、および、自社の強み(S:Strength)と弱み(W: Weakness)を考え、「自社の強みを活かして機会をつかみましょう」とか、「弱みを補強して脅威に備えましょう」とか考えたりする手法です。
みのり:私も聞いたことあります。
立花:SWOT分析は優れたツールである反面、使い方によっては逆効果になることがあるんです。3Cで言うところの顧客や競合の視点が弱いので、同じことが強みになったり、弱みになったりするんですよね。例えば、渋谷に新たにレストランを出す場合、渋谷という立地は、人が多いと捉えれば、強みとも言えますが、競合が多いということを考えれば弱みとも言えます。また、回転率をあげてスピード勝負のレストランであれば人がたくさん来ることは強みになるかもしれませんが、「うちのごはんはとにかくおいしいですよ。注文を受けてから炊きますので」といった店であれば、仮に人が多かったとしても、ほとんど強みにならないでしょう。店のキャパシティに対して、渋谷では人が多すぎます。
みのり:なんとなくわかります。
立花:何かが強みなのか弱みなのかということは、競合だったり、顧客にどのような価値を提供するかによって、ころころ変わってくるんです。だから、物事を、あらかじめ強みと弱みに分けましょうというのは無理があります。
みのり:確かにそうかもしれません。
立花:もっとも、SWOT分析が全くムダというわけではなくて、チェック用に使ったり、競合や顧客に提供する価値が明確に決まっている場合などでは有効ですけどね。秋山さん達の場合は、下手に使うと誤った結論に至る恐れがあるから、基本的に、あまり使わないほうがいいと思います。
みのり:顧客に提供する価値や競合次第で、強み・弱みが入れ替わったりするから、強み・弱みには固執しないほうがいいってことですか。じゃあ、どうすればいいんですか。
立花:一見強み、弱みと思われるものを含めて、自社の特徴をいろいろ洗い出すことが効果的だと思いますよ。考える「とっかかり」にしやすいんです。結局、強みというのは、他社とは違うことをする、特徴を際立たせるってことなので、他社との違いが作り出せるとしたら、それは強みになる可能性があります。差別化という言葉を使ったりもしますね。
みのり:なるほど。特徴をピックアップして、その中から強みを作り出すんですね。さっそく、戻ってやってみます。休憩時間なのに、ありがとうございました!
……強み・弱みにこだわりすぎずに、他社との違い、差別化……他者との違い……
ブツブツ言いながら階段を降りたみのりは、ちょうど外出から戻ってきた社長にも気づかずに、自席へと戻っていった。
いったんどこかへ向かって走り出すと、ほんとうに没頭して突き進むんだなあ。
吉川社長は、みのりを電子書籍プロジェクトのメンバーに選んだ自分の判断に、自信をもちつつあった。
つづく
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ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社