【第14話】試行錯誤
みのりは、立花のオフィスから戻るやいなや、野中をつかまえた。
みのり:私がシュークリームで聞き出したところによると、「これは強み、弱み」とは決めつけずに、自社の特徴を洗い出すことが効果的だそうです。特徴というのは他社との違いといえるので、それが強みになる可能性があるとか。
野中:そうなのか。じゃあ、復刊要望の強い絶版書籍あり、歴史ものと紀行文学には定評あり、タウン誌の編集実績あり。
みのり:これらは、競合他社にはないものだから、これらを組み合わせて、おもしろいコンテンツを作れませんかねえ。
しばらく考えていた野中がおもむろに口を開いた。
野中:タウン誌のような現在の情報、古典・俳句といった歴史的な情報を、何かのテーマのもとに編集し、昔と今を比較できるようにしてはどうかな。
みのり:前回の富士山ももちろん一つのテーマになりますよね。前回は、現在の情報は全く入れませんでしたが、せっかくタウン誌の経験があるから入れてもいいかもしれませんね。
野中:そうだね。その他では、たとえば、お祭りなども現在の情報と昔の情報があると、比較できておもしろいかもしれない。
みのり:確かに。毎年、夏にやっているお祭りが、江戸時代から同じように行われていたことを知れば、祭りに対する意識も変わるでしょうね。
野中:そのほか、名物の食べ物とか、いろいろ切り口は見つけられそうだから、前回のようにコアな本好き以外にも、顧客ターゲットを広げることができるかもしれないね。
みのり:ううん。確かに、前回よりは顧客は広がりそうですけど、売れますかねえ……
野中:ちょっとインパクトにかけるかなあ……
みのり:そうですねえ…… 強みと自社リソースはいいんですが、顧客に提供する価値って考えると、ちょっとよくわからないですねえ……
徐々に、3C分析に対する理解は深まりつつあった野中とみのりであったが、結局、明快な答えは見いだせないまま、戦略策定会議を迎えることになった。
会議では、まず、野中が、これまでの検討経緯をざっと説明した。
野中:前回、富士山ブームということもあって、富士山関連の小説やエッセイをまとめた書籍を電子書籍化しました。これは、絶版になっていましたが、復刻の根強い要望があったものです。
しかし、根強い要望に関わらず、売上は芳しくありませんでした。
それを踏まえて、社長からのご指示によって、いわゆる3C分析を使って、前回の失敗を振り返りました。
3Cとは、顧客、競合、自社の頭文字をとったもので、顧客に対して、いかにして、競合よりも優れた商品・サービスを提供するかを考える手法です。その中で、私と秋山さんなりに、顧客や競合、自社の強みといったあたりを検討してまいりました。
顧客は復刻を期待しているコアな読書好き、競合は文学性の高い書籍を出版している出版社各社、自社の強みは、文学性の高さや、歴史もの、紀行ものなど定評のある既刊書籍などが挙げられます。これは絶版となっているもの含めてです。
「3Cはわかりましたが、それによって何がわかるんですかね?」
久保が聞いた。
野中が答える。
「前回、我々が犯した一番の失敗は、顧客に提供する価値ということを十分に考えなかった点かと思います。確かに復刻要望は強い書籍ではありましたが、それを電子書籍として再発売することをお客さまは望んでいたのかは怪しいところです。」
「たしかに、私自身もコアな読書好きだと思うが、恥ずかしながら電子書籍を読んだことがない。よい作品が復刻されたとしても、それが電子書籍でしか読めないのであれば、わざわざ電子書籍端末を買ってまで購入しようとは思わないかもしれないな。」
営業部長は納得している様子だ。
野中:「はい。顧客像を絞り込みすぎたのではないかと考えています。」
吉川社長:「それでは、もう少し、顧客を広く考えるか。自社の強みを活かして、より幅広い顧客にどういう価値を提供できるだろうか」
野中は、いつになく、はっきりと自分の考えを述べた。
「はい。そこなんですが、自社の強みとしては、他にもあると考えています。たとえば、タウン誌の編集経験なども挙げられます。」
久保:タウン誌の経験が、関係あるんですか? なかなか本業のほうに時間を回せなくなって、むしろ弱みなんじゃないですか? それに、絶版となっている書籍に関しても、売れないから絶版になっているのに、それが強みと言えるんでしょうか?
ここまで黙っていたみのりがきっぱりと言った。
みのり:いえ、弱みと言い切ることはできないと思います。顧客に提供する価値や競合を総合的に判断してはじめて、これらは強みになったり、弱みになったりすると思います。
吉川社長はみのりを見た。いつになく、真剣な眼差しだ。
久保は、不服そうにしていたが、いったん引き下がった。
野中は、みのりに対してうなずき、説明を続けた。
野中:そこで、これらの強みを活かして、タウン誌のような情報、一方で、絶版になってしまっている既刊書籍、歴史ものや古典・俳句などといった渋いものが多いですが、それらを一つのテーマのもとに編集し、昔と今を比較できるような電子書籍を作ってはどうかと考えていました。
編集長:確かに、絶版になっていても、復刻してほしいという要望をもらう書籍はあるんだよな。ああいった書籍が再び日の目を見ることになったら嬉しいな……
営業部長:一つのテーマに沿って編集するというのは?
みのりが、野中を援護射撃する。
「前回の富士山も一つのテーマになると思うのですが、富士山を題材とした古典的な小説、エッセイなどに加えて、現在の富士山観光情報や、世界遺産登録にまつわるコンテンツなどをまとめるイメージです。それ以外のテーマとしては、たとえば、名産品や名物料理の昔と今だったり、他には、えっと、東海道の今と昔だったり……」
社長:前回と比較して、お客様は、それを電子書籍として発売してほしいと思っているだろうか?
野中:確信は持てません。ただ、前回よりは、ターゲットとする読者層を広くとれるので、もう少し売れるのではないかと思います。
編集長:うううん、少々インパクトに欠けるなあ・・・
ここまで説明してきた野中とみのりであったが、自分たち自身も、これでうまく行くという確信は全くなかった。
議論は、しばし、膠着状態に陥った。
この案ではやっぱりインパクトに欠けるかと、落胆した野中が、ふと隣を見るとみのりはあらぬ方向を向いている。何か考えているのだろうか。
重苦しい雰囲気の中、社長がおもむろに聞いた。
社長:今、タウン誌は何件やってるんだったか?
編集長:ええっと、横浜、熱海、富士、掛川、浜松 5件ですね。
社長:新幹線の停車駅みたいだな。
久保:そうですよ。だから出張はわりと楽と思いきや、こだましか止まらないから、東海道線の各停で行ったほうがはやかったりして、結構大変なんですよ……まあ、東海道を歩いた江戸時代に比べれば、全然楽ですけど。
それを聞いたみのりは、突然、妄想から戻ったのか、勢いよく手を挙げた。
つづく
はじめから読む
ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社