経営小説「わたしの道の歩き方」

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経営小説「わたしの道の歩き方」

published 2023.11.08 / update 2023.11.08

【第15話】粘り強く考える

「街道歩き用のガイドブックはどうでしょうか?」

電子書籍戦略会議の膠着状態を打ち破るように、みのりは大きな声を出した。

社長:秋山君、どういうことかね?

みのり:先日、実家の母と電話で話したのですが、最近、健康志向などもあって、シニア層の間では、街道歩きっていうのがブームになってるみたいなんです。電車である地点まで行って街道を歩いて、いったん帰宅して、次回はそこから再開するような感じです。東海道だけでなく、中山道とか奥州街道とかいろいろなバリエーションがあるみたいです。

久保:そうらしいな。それがどうかしたか?

みのり:野中さんがおっしゃったように、タウン誌のような情報、絶版になってしまっている歴史ものや紀行ものといったうちの会社の資源を活用して、一味違った街道歩き用ガイドブックみたいなものを作れないでしょうか。

野中:なるほど!街道歩きだったら、なんてったって昔からある街道ですから、史跡とかも近くにあるでしょう。なんかうちの歴史コンテンツとかと相性がよさそうですね。東海道を歩くなら、富士山関連の本にも興味あるでしょう。

社長:確かに、横浜・熱海・富士・掛川・浜松のタウン情報は豊富だし、富士山や東海道周辺を題材にした小説や随筆など、既存のストックは多くあるな。

編集長:なかなかいいアイデアだと思う。ガイドブックとして持ち歩くとなれば、電子書籍であることのメリットが出てきますね。

営業部長:確かに、それであれば、私も買ってみたいと思います。

ただ、うちは、ガイドブックを作った経験がないけれど、その点は大丈夫だろうか?

みのり:部長がおっしゃるとおり、ガイドブック制作の、特に見栄えに関する部分では、これから習得しなくてはならないことも多いかもしれませんが、扱うコンテンツ自体では、うちは負けないと思います。

野中:それに従来型のガイドブックとは一味違うものとすれば、従来型のガイドブックを作った経験がないことは、それほど弱みにはならないかと思います。

編集長:強み、弱みねえ・・・  なんだか、うまく言いくるめられているようにも思うが・・・

久保:アイデアは悪くないと思うが、実際、電子書籍を持ってみんな歩くのだろうか。私が歩くなら身軽なほうがいいけど、そんなもの持っていくかなあ。

みのり:電車の待ち時間とかも結構あるでしょうから、本を持っていかれる方も多いと思います。

久保:そもそも紙の本じゃだめなのか?

みのり:確かに、紙でもよいかもしれません。ただ、廃刊になっているものの優れたコンテンツは、幸いたくさんあります。これをできるだけ活用して、掲載するとなると、どうしても厚い本になってしまいます。これを電子書籍にすれば、「街道歩きのおとも」にもしてもらえるのではないでしょうか。

久保:まあ、そうかもしれないな。ターゲットが街道歩きと明確になっていれば、営業もしやすいし。

社長:よし。基本的な方向性としては悪くないと思う。野中くん、秋山くん、その企画でもう少し3C分析を行ってくれ。

野中・みのり:はい! わかりました!!

午前中の会議で手応えをつかんだ野中とみのりは、昼休みを返上してK書店まで行き、新たに競合としてとらえるべく旅行ガイドブックの調査をしてきた。帰社後、さっそく、3C分析用のシートを埋めにかかった。

野中:まず、どこから埋めようか。考えやすいところは自社かな。

みのり:自社の強み、つまり自社商品の特長は、一味違ったガイドブックってことですよね。

野中:そして、それを支える自社のリソースとしては、絶版になっている歴史、紀行関連の書籍、タウン誌制作実績といったものがある。それらのリソースを使って、一見すると通常のガイドブックと似ているけれど、ところどころ文芸コンテンツが埋まっているような書籍を作るわけだね。

みのり:はい、街道歩きのガイドブックとしても使えるし、文芸書として読んでもらうこともできます。そして、文芸書と街道の関係を解説するような文章を入れることで、読書から街道歩き、街道歩きから読書へ自由に行き来してもらうんです。

野中:なるほど。ガイドブックとして買った人が文芸書のおもしろさに気付いたり、その逆に文芸書を読んだ人が旅に出たくなることもあるわけだね。

みのり:そうですね。で、競合はどうなりますか。まずは、他のガイドブックですよね。旅行ガイドって読んでいて楽しいですよね。

野中:そうだね。実際に、旅行に行くとなると、暑かったり、疲れたり、荷物が多かったりでつらいけれど、旅行ガイドを見ているだけなら楽だからね。

みのり:で、ここに行ってみたいとか、これを食べたいとか想像しながら読むのは楽しいですし、その国や地域の歴史とかも載っていて、いろいろ読むところはありますね。

野中:確かに、いろいろ載ってはいるけれど、あまり頭に入らないようにも思うなあ。「789年に遊牧民族が攻めてきて、なんとか3世が奇襲でこれを撃退して英雄になった」とか書かれていても、ふーん、って感じで、すぐ忘れてしまう。

みのり:そうですね。どうしても、普通のガイドブックだと、なぞって歩くだけになりがちですね。やはり、いろいろな情報が載っているとはいえ、断片的なものが多いのかもしれませんね。

野中:断片的なものだから、頭にも入らないのか。

みのり:うちだったら、歴史的なコンテンツや文学なども使って、断片的ではないコンテンツをコーディネートするっていうか、「編集」できそうですけどねえ・・・

野中:そうだね。そのあたりは、ガイドブック専門の出版社、つまり、我々の競合にとっては、ちょっと難しいかもしれない。

みのり:ガイドブック専門の出版社を競合と考えれば、うちの強みを支えるリソースは、文芸作品の編集力と言えるでしょうね。

野中:それから、「街道歩きをガイドする」ということになると、旅行ガイドの本だけでなく、旅行会社が実施しているウォーキングツアーとかも競合になってくるんじゃないだろうか? 最近では、講師が同行して、史跡で説明するようなのも増えているみたいだよ。

みのり:旅行会社も競合に入りますか?私たちは、新しいガイドブックを出すわけでしょう。だから、旅行ガイド出版社は競合になるとしても、ツアーとかはちょっと違う気がするんですけどね。うちや旅行ガイド出版社はガイドブックを提供し、旅行会社は旅行を提供しているんじゃないですか。

野中:いや、そうとも言い切れないんじゃないかと思う。立花さんのHPを再度見てみたんだけど、顧客に提供する価値が同じであれば、業界は違っても競合になるみたいなんだよ。立花さんの会社のHPにちょうど旅行会社の例が載っていたんだけど、その例でお客様に提供する価値というのは、「旅行」そのものではなくて、「現地の本当の姿を体感する」ってことらしいんだな。

みのり:えっと、どういう意味かな。

野中:なので、我々の場合でも、お客様に提供する価値は「ガイドブック」そのものではなくて、たとえば「楽しく街歩きをしてもらう」みたいなことなんじゃないかと思うんだ。

みのり:なるほど。だとすると、ツアーを主催している会社が提供する価値と、近いのかもしれませんね。

野中:うん。だから、ツアーについても、競合として考えたほうがいいような気がする。

みのり:そうかもしれませんね。立花さんのHPをもう一度よく読んでみます。

その日、みのりは比較的早く仕事を切り上げた。最近、仕事が忙しくって、スクールずいぶんさぼっちゃったなあ。これじゃ、転職はいつになることやら。3C分析もなんとかなりそうだから、また、ちゃんと通おう。

みのりは、久しぶりに英会話スクールに向かった。

つづく

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 ユアスト 江村さん

ユアスト 江村さん

第1話は下記より御覧ください。

【第1話】超時空社