【第16話】戦略をブラッシュアップする
翌日
みのり:昨日、立花さんのHPを再度読んだんですが、野中さんのおっしゃるとおりですね。
野中:そうか。それを聞いて安心した。私も絶対の自信があったわけではないので。
みのり:しかも、東海道歩きのツアーも、いろんなツアーがひんぱんに開催されているんですね。東京近辺のあたりの場合は安いけど、東京から離れて、箱根とか静岡ってなってくると、ちょっとした小旅行になってきて、価格も高くなってくるんですね。当たり前ですけど。講師役の先生とかが引率して、名所旧跡ではいろいろ説明してくれるらしいです。
野中:講師つきだといい面はあるけど、なんか連れて行かれると、どうも頭に入らないんじゃないかな。
みのり:よくある話で、「海外旅行ツアーに行ったけど、ずっとバスで連れ回されていたので、どの街だったのかよく思い出せない」みたいな感じですね。
野中:私は新婚旅行で喧嘩して、バスの中をずっと無言で過ごした経験が……。
みのり:それはさておき、確かに私も自分のペースで歩きたいですけどね。バスだったらまだしも、歩くとなると、個人のペース差も大きいでしょうから、ちょっとツアーは避けたいなあ。
野中:そうなると、ツアーとは違う価値を提供できるかもしれないね。講師のお仕着せではなく、自分のペースで歩いて、読んで、考えるみたいな。
みのり:なるほど。提供するモノはガイドブックだとしても、お客様に本当に提供しているものは違うんですね。
それから、ツアー会社とは別に、実際に街道を歩いてみた個人の方が立ち上げているサイトも結構ありますね。
野中:へえ、そうなんだ。どんな内容なの?
みのり:すごい方もいますね。お母さんたちの街道歩きは、その日の区間の出発地点まで電車かバスで行って、その区間を歩いて、歩き終わったらまた交通機関で帰るパターンですけど、江戸から京都まで一気に歩いてしまっている人とかいますね。
野中:その方、仕事は?
みのり:退職して、気分一新するために歩いたとか書いてました。
野中:私も、転職したときに、もっと気分一新したかったなあ・・・
みのり:それはさておき、写真を載せたり、名所旧跡や名物の紹介をしたり、なかなか盛りだくさんです。ただし、編集という面では不十分ですね。もっとも、それはうちが出版社だから言えることなんですけどね。
野中:個人サイトを競合と考えれば、編集力や既刊書籍は当然強みを支えるリソースになりそうだな。
みのり:他の出版社にだって負けませんよ。
野中:なるほど。そう考えていくと、歴史的なコンテンツや文学なども使って編集する力は、うちならではといえそうだな。
みのり:タウン誌の情報もいかせますしね。
野中:旅行ガイド出版社やツアーなどと比較して、ローカルなネタも集めやすいってことか。
みのり:そうですね。ここだけの話、これまでは、タウン誌に載せるおすすめのお店とか、正直どうでもいいかなとか思ってましたけど、なにが幸いするかわからないですね。
野中:そうか。自分たちが、特に強みと思っていないことであっても、時と場合によっては強みになることもあるんだな。
みのり:立花さんがおっしゃってましたね。これは強み、これは弱みと決めつけてはいけないって。
そこへ、外出から戻った久保がやってきた。
久保:おお、秋山、最近は、ずいぶん遅くまで仕事してるようじゃないか。やっと心を入れ替えたか。
みのり:何言ってるんですか。久保さんの手伝いをしなくてよくなったので、やっと仕事に集中できてるんですよ。
久保:ちっ。それはそうと、電子書籍、ほんとうにうまくいくのか? 同業他社の話を聞くと、電子書籍は手間ばかりかかって儲からない、安易に手を出さないほうがいいっていうのがもっぱらの意見なんだが。
みのり:正直、私たちにも確信はありません。でも、うちの会社の強みを活かした商品を作れる可能性はあると思っています。
野中:結構、うちの会社には強みがあるんですよ。
久保:ふううん、そうなのか。とりあえずがんばってくれ。営業の手が必要なときは言ってくれ。おれ自身の評価にも、電子書籍の売上が影響するから、こちらでできることは協力しないとな。
みのり:はい、ありがとうございます!
翌週、再度、電子書籍部では会議が行われた。
野中:前回の会議で、秋山さんから出た街道を歩く人向けの一味違ったガイドブックを作るという方向で、さらに検討を加えました。
結論から申しますと、一般的な旅行ガイドの内容に加えて、現在のローカル情報、昔をしのぶことができる歴史風俗や古典俳句関連コンテンツなどを盛り込んだ新しいタイプの旅の本を電子書籍として作りたいと考えています。
編集長:具体的にはどんなイメージになるのか?
みのり:これまでのガイドブックでも、コラムみたいな箇所があって、ちょっと視点を変えた情報が載ってることが多いと思います。今回の企画では、そこの部分に本格的な文学作品も載っているようなイメージです。これは、紙のガイドブックの限られた紙面スペースでは不可能で、電子書籍だからこそできることだと思います。
社長:ガイドブックを1冊作るのか?
みのり:東海道を、いくつかの区間に分けて、分冊にしてはどうでしょうか。一冊あたりのボリュームを減らせば、価格も安く設定できそうですし。
久保:東京編、神奈川編、静岡編・・・って感じか。全部買うとセット価格で少し安くなるとか。
編集長:リアルタイムの情報も多く掲載するから、ガイドブックというよりは、MOOKといった感じかね。
久保:地域ごとで分冊になるとしたら、街道全体にはあまり興味がなくても、その地域に住んでいる人はその地域の分だけ買うってこともあるかもしれませんね。
野中:はい。東海道53次を12区間に分割し、隔月で、区間ごとに電子書籍を出版してはどうかと考えています。
みのりは、簡単に作った誌面サンプルを配布した。
一見すると、通常のガイドブックとあまり変わらないように見える。
編集長:なんだか、普通のガイドブックと同じ感じだなあ。確かに、歴史や文学を旅行ガイドに組み合わせるのは、うちらしくいいと思うが、これで、既存のガイドブックに勝てるのだろうか。
みのり:はい。確かに、紙のサンプルでは伝わりにくいかもしれません。本当は、サンプルの電子書籍を作れればよかったのですが、文芸書だけの目次も設定できますので、街道歩きのガイドブックとしても使えますし、文芸書として読んでもらうことも可能です。
そして、文芸書と街道の関係を解説するような文章を編集して入れます。たとえば、「この小説の主人公は、ここで、東京から来た旅行者に、写真をとってくれるよう頼まれますが、旅行者そっちのけで、富士山の写真をとってしまいます。・・・・・」といったようなイメージです。
これによって、読書⇒街道歩き、街道歩き⇒読書 へ自由に行き来ができると思うのです。
社長:なるほど。富嶽百景かな。つまり、ガイドブックとして買った人が、文芸書のおもしろさに気づく。その逆で、文芸書を読んで旅に出てくなることもあるかもしれないな。
確かに、普通のガイドブックとは一味違うかもしれない。
営業部長:そうですね。これなら、電子書籍である必要がありますね。重い本を持って旅に出るのはつらいですし。私も、買ってみたいです。
久保:コンセプトは特徴があってよいと思うんだが、やはり、売れるかどうかが心配だ。
みのり:販促のことを考えると、WEBサイトの活用はやはり重要でしょう。ホームページで宣伝することはもちろんのこと、街道歩きをサポートする特設WEBサイトを作ってもよいかもしれません。さらに、読者が書籍を読んで歩くという読者参加型であれば、SNSとの相性がよいでしょうから、SNSも活用したプロモーション戦略が重要になってくると思います。
社長:それ、秋山くんできるか?
みのり:えええっと……はい。やってみます。
久保:いや、社長、秋山たちは電子書籍を作るので手一杯でしょう。WEBマーケティングはこれまであまりやってきませんでしたが、ここは営業部のほうで動きます。営業部員でもSNSが好きでしょっちゅう使っているメンバーもいますし。
以前は電子書籍プロジェクトを邪魔していたのではないかと思われる営業部長や久保が協力的になった。戦略という一つ共通の軸ができたおかげで、部署間が対立するのではなく、協働することが可能になっているようだ。
みのりは、数か月前の会議のことを思い出した。
思わずカッとしてしまい、久保と言い合ったときだ。
あれから、何か変わったのだろうか。
よくはわからなかったが、とりあえず、このプロジェクトを成功させたいという思いは強くなった。
つづく
はじめから読む
ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社